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2014/04/28

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歴史⑨ 日清戦争3 (原因と結果)
歴史シリーズの9回目
ようやく日清戦争の原因に迫りたいと思います。



日清戦争は朝鮮半島をめぐる日本と清の戦争でした。


日本は明治に入って急速に近代化を推し進めてきたわけですが、
それはひとえに、日本が「独立」を維持するためでした。
そのために政治を変え、軍備を増強し、教育にも
力をいれ「富国強兵」を成し遂げていきます。


まず、江戸時代の東アジアの地図をご覧ください。




次に明治初期の東アジアの地図をどうぞ。


江戸時代と比べると、広大だった清の領土が
ロシアに侵略されてきていることが分かります。
ロシアはさらに南下してきて、のちに日露戦争へと
つながっていくわけですが、
その話はまた後で。

えー、さてさて、
どちらの地図でも
朝鮮半島は日本と清に挟まれた状態であることが分かります。

明治初期、朝鮮は国として一応独立した形で
地図にも書かれていますが、
当時500年以上続いた李王朝は衰退し、
国としての力をほとんど持っていない無政府状態でした。
国として存続できたのは清の属国として
かろうじて国としての体をなしていたにすぎません。
こんなことを書くと、韓国の人が怒ってしまうかもしれませんが、
長い時代の中で、こうした時代もあった、ということです。
その当時の写真を見ると、
朝鮮の人々の生活が良くわかります。

この写真は1887年当時のソウル南大門大通りです。


1880年代のソウル南大門大通り(中心街)


王朝だけは立派ですが、
庶民は極貧の生活を送っておりました。



1882年~1899年(明治20年代)
同じころの日本の中心街である
銀座・日本橋の写真と見比べてみましょう


日本がいかに近代化を成し遂げているのかが
良くわかります。

繰り返しますが、
当時日本の最優先事項は日本の独立にあります。

先に挙げた地図でもわかるように
ロシアは着々と侵略の手を伸ばしている状況でした。

このままロシアが南下してくると、
いずれ朝鮮を取られ、
日本にも侵略の手が伸びてくることは
明白な事実でした。

しかし、朝鮮が国として独立していてくれれば、
ロシアは南下することが難しくなります。

日本としては朝鮮が日本のように近代化して
独立を維持して欲しいし、
なんなら、日本の影響下に置いておきたい。
しかし、清は「朝鮮は我が国の管理下にある」
と主張しておりましたし、李王朝もその状況に
甘んじておりました。

日本と清は朝鮮半島をめぐって対立していました。



朝鮮内部も勢力が真っ二つに分かれました。
日本のように近代化し、独立するべきだという親日派
今までのように清の属国のままでいいという親清派です。

ちょうど日本の明治維新の時と同じ構図です。
鎖国したままのほうが良いとする鎖国派と
開港し近代化を進めるべきとする維新派の構図と一緒です。

朝鮮の人たちも日本の近代化を見ていましたので、
日本のように近代化を進めるべきとする人たちと、
既存体制を維持するべきという人達がいたわけです。

朝鮮で起きた近代化への抗争として
壬午軍乱(じんごぐんらん)
甲申事変(こうしんじへん)
などがありましたが、いずれも失敗。

自らの手で近代化できずにいました。

そんな折、日本の進出と李王朝に対する不満が爆発し
東学党の乱(とうがくとうのらん)がおきます。

この運動は朝鮮全土に広がり、
李王朝は自国だけでの鎮圧を断念。
宗主国である清に鎮圧のための軍隊派遣を頼みます。


さて、これ以上朝鮮に清が入ってくると
朝鮮の近代化が劇的に遅れるばかりでなく、
日本が影響力がさがります。

朝鮮の近代化の遅れは、迫りくる白人支配の手が
日本に伸びてくる可能性を意味します。

1894年8月
日本と清は、朝鮮半島をめぐって戦争状態に
突入することになります。
これが日清戦争の始まりです。

では、実際の戦場がどこだったかを見てみましょう。
日本と清の戦争なのだから、
清国のどこかで行ったと思っている人も
多いかと思いますが、
実際の戦場はほとんど朝鮮で行われています。


今考えると人の土地で戦争するわけですから
大変おかしな話です。
例えば、アメリカとロシアが戦争して、
その戦場が日本だったとします。
独立した国である日本としては
他国の喧嘩を日本でするもんですから、
たまったものではありません。

今、このような戦いをすれば、国際的に大非難されますが、
19世紀後半の世界ではこうした戦いは
ごく一般的に行われておりました。

もし、この時、朝鮮が国としてしっかりと独立していたならば、
他国のドンパチを自国(朝鮮)でするわけですから、
朝鮮の人たちは怒り狂っている筈ですが、
しかし、当時李王朝も朝鮮の国民も戦争には加わらず、
傍観しておりました。


このことからも、当時の朝鮮半島が
国として独立を保てていなかったということが分かります。


朝鮮半島をめぐる戦いで
実際に血を流したのは日本と清でした。


さて、問題の日清戦争ですが、
日本軍約24万人
清軍約63万人
兵隊の数では圧倒的に日本不利という感じでしたが、
アヘン戦争・アロー戦争に敗れ、
旧態依然の封建制度であった清国は
近代化された日本軍にあっさりと負けてしまいました。

こうして日清戦争に勝利した日本は
下関条約を清との間に結びます。

下関条約の内容は
①朝鮮の独立
②遼東半島の割譲
③台湾の割譲
④賠償金3億円の支払い
⑤日清通商航海条約の締結
となります。


この1年間、歴史の勉強以前、
恥ずかしながら、私は遼東半島がどこだか
全くわかりませんでした。。。。

一応下記に遼東半島がどこだか示しておきます

丸印のところが遼東半島ですね。
この半島の先端部分が旅順です。
日露戦争のくだりでまたこの地名が出てきます。





日本は日清戦争の勝利で
開国後初めて台湾と遼東半島を
植民地としてを持つわけですが、
遼東半島は日清戦争後すぐに
ロシア・フランス・ドイツの3国から
「日本の行為は侵略である」と大抗議されます。
アジアの国が言うなららまだ分からなくもありませんが、
遠いヨーロッパの国が日本と清の戦争に口を出すわけです。
いわゆる「三国干渉」です。

日本の行為が侵略というのなら、
台湾も返せと言ってくるはずですが、
台湾には干渉してきません。

「三国干渉」の中心にいたのはロシアでした。


ユーラシア大陸をどんどん東に進んで
国を大きくしてきたロシアですが、
太平洋側に出たわ良いが、
港はすべて凍ってしまって軍艦が置けません。
そこでロシアは南下政策をはじめます。
一番最初に挙げた地図2枚を見ても
ロシアの南下政策の表れが良く出ています。

ロシアとしては凍らない軍港を何としても
手に入れたいわけです。
もし、ロシアが日本侵略を考えていないなら、
海軍は必要ないわけですから、
凍らない軍港を作ろうという計画からも
日本侵略に目を向けていたこと明らかです。

ロシアの南下政策上、日本に遼東半島を
取られたのは非常にまずいということになります。

そこでフランス・ドイツと手を組み
遼東半島返還に注力したわけです。

日本がもし白人(アーリア人)の国だったら、
おそらく干渉してこなかったと思いますが、
「極東の小さな島国に住む黄色人種」が
白人と同等に植民地を持つという異常事態に
白人社会が過剰反応したんじゃないかと思います。




話がちょっとロシアに飛びましたが、
日清戦争で日本は外国と初めて大規模な戦争をし
大勝利をおさめ、その結果
台湾と遼東半島というアジアの国の中では
初めて植民地を獲得した国になるわけです。



しかし、
下関条約を見ればわかりますが、
戦争の第一の目的はあくまで
「朝鮮の独立」であり、
日本が独立国として白人の植民地支配から
身を守る戦いであったということがわかります。


こうして日清戦争の結果、
朝鮮は清から完全に独立し
大韓帝国と国名を変えることになりました。


日本としてはこれでひとまず
ロシアからの圧力が軽減したことになり、
いったんほっとします。


しかし、ロシアの南下政策は徐々に日本を追い詰めていきます。



次回「日露戦争」へつづきます。


おしまい。











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